食感、ファッション、そしてアナログな写真体験。これまで4回にわたり、Z世代の価値観を通して再評価される「平成レトロ」の様々な側面を追ってきた。最終回となる今回は、私たちの内面、すなわち「心」や「アイデンティティ(自分らしさ)」に深く関わる現象を探求したい。
街で見かける、洗練された大人のトートバッグに揺れる、一体のポケモンのぬいぐるみ。高校生のスクールバッグにじゃらじゃらと付けられた、サンリオキャラクターたちのキーホルダー。
かつては子供だけのものとされたその光景は、今や世代を超えて広がっている。これは単なる懐古趣味や、幼少期への回帰ではない。ハローキティやたまごっちが生まれた平成のカルチャーを土台にした、極めて現代的な自己表現であり、新たなコミュニケーションの形なのだ。
カバンに付けられた小さなキャラクターたちは、一体何を雄弁に物語っているのだろうか。
平成生まれのキャラクター、令和での再会
まず、なぜ今、平成のキャラクターたちがこれほどまでに愛されているのか。
サンリオ : HELLO KITTYという絶対的なアイコン(シンボル)だけでなく、ポチャッコ、バッドばつ丸、けろけろけろっぴといった90年代に人気を博したキャラクターたちが続々とリバイバルヒット。当時のファンだけでなく、そのレトロなデザインがZ世代には新鮮に映る。
ポケモン : 平成のゲームボーイから始まった冒険の記憶は、今や親子で語り継がれる共通言語だ。特に初期の151匹への愛着は根強く、ノスタルジーの象徴となっている。
たまごっち : デジタルペットを「お世話する」という体験は、キャラクターへの深い愛着を育んだ。そのドット絵の姿は、平成の“エモさ”を象徴するデザインとして再評価されている。
これらのキャラクターは、当時を知る世代にとっては「旧友との再会」であり、Z世代にとってはSNSや古着屋で出会う「イケてるレトロなアイコン」だ。世代間の異なる文脈で、同時に支持されているのが今のブームの面白いところである。
カバンは「リアルなプロフィール画面」である
では、なぜそのキャラクターを「カバンに付ける」のか。その行為を読み解くキーワードは、「推し活」と「サイレントコミュニケーション」だ。
平成の時代、キャラクターグッズは単純な「好き」の表明だった。しかし令和の今、それは単なる「Like」から、より深く、熱量の高い「推し(Oshi)」へと意味合いを強めている。カバンに付けられたキャラクターは、「私が人生をかけて応援している存在」という意思表示なのだ。
そして、その意思表示は、現実世界における強力なコミュニケーションツールとなる。
SNSのアカウントに好きなものの写真を載せるように、カバンに付けられたキーホルダーは、持ち主の趣味嗜好を無言で伝えてくれる。いわば、「歩くプロフィール画面」だ。
「あ、そのキャラ私も好きです」。
駅のホームやカフェで、その小さなぬいぐるみがきっかけとなり、見知らぬ人との間に会話が生まれるかもしれない。デジタルな繋がりに慣れた現代において、物理的なモノを介して、偶然性の高いリアルな出会いを生み出す。キャラクターたちは、そんな優しい“お守り”のような役割も果たしている。
小さな“癒し”を持ち歩くということ
このカルチャーの根底には、もう一つ、現代人特有の心理が隠されている。それは「癒し」への渇望だ。
情報過多で、常に誰かと繋がっていることが求められるストレスフルな社会。そんな中で、フワフワした手触りのぬいぐるみや、何も言わずに微笑んでくれるキャラクターの存在は、ささやかな安心感を与えてくれる「エモーショナル・サポート・アイテム」となる。*(エモーショナル=感情に訴えかける)
カバンに付けた“推し”の姿がふと目に入るだけで少し心が和んだり、緊張する場面でそっと握りしめたり。それは、複雑な現実世界をサバイブする(生き残る)ための、小さくても確かな心の拠り所なのだ。
平成レトロが私たちに教えてくれたこと
ナタデココの食感から始まった本連載「平成レトロ・リバイバルズ」は、今回で幕を閉じる。食、ファッション、ガジェット、そしてキャラクター。様々な切り口から見えてきたのは、共通する一つの大きな潮流だった。
それは、完璧さよりも「エモさ」を、効率よりも「体験」を、デジタルな繋がりよりも「手触りのある関係」を求める、私たちの心の動きだ。
平成レトロブームは、決して過去への逃避ではない。少し不便で、少し不器用で、けれども人間味にあふれていた時代の知恵やカルチャーを借りて、複雑な「今」をより豊かに生き抜くための、未来に向けたムーブメントなのである。
あなたのカバンにも、心の中ににも、懐かしくて新しい“推し”はいますか? その存在が、明日を少しだけ面白くしてくれるはずだ。
(短期集中連載「平成レトロ・リバイバルズ」/ 完)