どれだけ立派なクリエイター論をぶったところで、そんなものはただの自慢話に過ぎない。
ブログの価値を決めるのは、書き手ではなく、今これを読んでいる「あなた」の感性だ。
だから、御託(ごたく)を並べるのはやめにしよう。
これが、2026年の僕が、僕自身の表現を信じて叩きつけた最新の「音」だ。
『ある日のお散歩。』
作詞作曲・ワタナベミツテル
ボーカル・なまてんどう
ある日、お散歩をした。
それは、雨上がりの道。
イチゴ畑を潜り抜けて、
海のそばのコンビニエンスへ。
眺めていると、迷ってしまう。
商品棚に並ぶ、たくさんの品物。
レモン、バナナ、イチゴ、ゴリラ。
クリエイターに「若い」も「古い」もあるもんか、と僕は思う。
もちろん、若い才能には期待している。
技術の習得に時間を奪われない彼らは、最初からピュアな感性で僕たちを殴りにきてくれるだろう。
でも、だからといってベテランの出番がなくなったわけじゃない。
むしろ、ここからが本当の遊びの時間だ。
この動画を見てほしい。
「レモン・バナナ・イチゴ・ゴリラ」という、意味があるのかないのかも分からないフレーズを、本気の熱量と熟練の技術で形にする。
これは、効率や正解を求める若者や、論理で動くAIには到底たどり着けない領域だ。
人生の酸いも甘いも噛み分けた大人が、全力で「意味のないこと」に命を吹き込む。
この贅沢な遊びこそが、熟練者に許された特権なのだ。
「今さら始めても手遅れじゃないか」なんて不安は、全部ゴミ箱に捨てていい。
やりたいことをやり遂げた瞬間の達成感に、年齢制限なんてない。
46歳の僕が鳴らす音も、10代の若者が叫ぶ言葉も、その瞬間の熱量に上下はないんだ。
世界有数の誰かになれなくてもいい。
自分の信じた表現が、たった一人にでも「なんだこれ、面白いな」と届く。
その震えるような喜びのために、僕は今日もこのオモシロ記事工場を稼働させる。
2026年。
魔法は解けたけれど、僕たちの手元にはまだ、誰にも攻略できない「遊び心」という最高の武器が残っている。
さて、あなたは何を「形」にする?


