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乳母車に乗って酒場まで

今日も珈琲日和。Menu.19 元チーズメーカーとして。

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43年間、僕はずっといろんな職業を転々としてきていた。

でも、ここは、居酒屋のお姉さんの前じゃないので、すべてを伝えていると、誰かに迷惑をかけるかもしれないので、すべてを伝えなくていい場所だと思っているのであまり僕の成り立ちについてを書かない。

ただ、3年前のことをすっかり忘れていた。

ある方からの電話で、思い出した。

3年前に僕は、Facebookにこう記述していたので、それがすべてだ。

某大手クラウドソーシング企業にフリーランサーとして登録。
個人として企業案件に取り組んだり、作業チーム「CHEESE MAKERS」主宰者として他のフリーランサーとテレワークで協同しながら大規模案件に取り組んでいる。
在宅ワーク。主にWeb制作、DTP、クラウド事務員として。

電話口の男性は、『その節は、お世話になりました。いまは大変助かっています。』と感謝の念を僕に伝え、

『この先の未来に1度お会いしたいです。』とも言ってくれた。企業案件の主だった。

その主さんに、僕がいまはブロガーをしていると告げると、大枠をぼかした状態でなら記事にしても良いですよと伝えられたので、ここに明かす。

教育系の企業で、大規模案件に取り組んだのは、小学生向けのタブレット端末用のアプリケーションを開発する案件を某クラウドソーシング企業のサイトでみつけて応募したのがきっかけで、7人の日本各地のバラバラの仲間でリモートワークチームとして成り行きで組まされて、ポジションをリーダーとして任された。

さい先のいいスタートだったし、頼まれた仕事も本当は1年契約だったけど、半年で仕事を成してしまったので、契約終了によりチームは解散した。

家庭教育系の教材と言っても、僕らはその会社が培ってきた勉強指導のノウハウ通りにアプリケーションを作成したので、別に僕は得意でも苦手でもない算数のアプリケーションの仕組みを作った。

ただ、それを使う小学生が楽しんでアプリケーションに向かって勉強をしてくれることを想定するのは好きだったので、プロダクト作りとしては超楽しかった。

最初から、アプリケーションの大枠を作ったら解散という目標の元に結成されたチームだったので、同じ目標に向かって全力で取り組んで、最大のパフォーマンスを発揮したメンバーだった。

プログラム言語しかできない人、元私立系の学校教員で算数が得意な人、動物や人のオリジナルイラストを描ける人、丁寧でわかりやすい日本語を書く米国ハーフの人等々、それぞれが専門分野を持っていたので、スラックでチャットしながら、どうしよう、こうしようって文字で会話しながら、プログラムは出来上がっていった。

もちろん、僕もGUI(Graphical User Interface)を任されていたので、専用のソフトを使いながら、アプリケーションの操作画面の設計をしていた。

で、企業案件なので、そのできたアプリケーションが僕らの著作でも所有物でもないので、ネット越しに盛大に『解散パーティー』をしたのまでは覚えていたが、すっかりそのアプリケーションのその後は、考えたこともなかった。

企業案件の主曰く、『非常に好評で、業績もホクホク』とのことで、めでたしでした。

実は、そのお礼として、今度、7人のメンバーが招集されて、その会社のおひざ元の地域で、お寿司パーティーが決定しました

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